第1章 邂逅ーHappening-【15】
「大丈夫か?」
「えっと……」
気遣うような女性の言葉を聞いて、朝陽は返答に窮する。ほんの数秒前までの応酬と、たった今訪れた静寂の緩急差に、思考もまとまらなかったのだ。
「無理しなくていい。むしろ、こんな現場で平気そうにしている方がおかしいんだ」
「……はい」
どうやら腰が抜けてしまったらしく、うまく立ち上がることができない。そんな様子を見て、女性は「少し待ってろ」と口にし、朝陽の手を離した。
「確か、この辺に……」
彼女は瓦礫の山の一つに近づくと、それをどかし始めた。しばらくそれを続けると、内側から何かが飛び出してくる。それが先ほどの大男だと気づくと、朝陽は思わず仰け反りそうになった。
「いやー、参った参った。足を瓦礫に取られて、動けのぉて」
「相変わらずドン臭いな。まあいい、少し背を貸せ」
「なんじゃ、コウガネちゃん怪我したんか」
「私じゃない」
そう言いながら、朝陽の方へと視線を向ける。それを目で追うと、「ああ、はいはい、そがぁなことか」と男は納得したように頷いて、そのままのっしのっしと朝陽の方へ近づいてきた。その様子に、朝陽は何か熊のような大型生物が彷彿とさせられる。
「ほれ」
男が、朝陽に向かって背を向けた。どうやら、乗れということらしい。朝陽はしばらく躊躇していたが、やがてその首におずおずと手を回した。そのまま、少し汗臭い背に体を預ける。
「……あ、あの……ありがとうございます」
「気にすなよ。そがぁなことより、一人で怖かったじゃろう。嬢ちゃん、歳は?」
そう問いながら立ち上がる男に、15と答える。それを聞いて、男は哀れんだようにため息を吐いた。
「すまんなぁ、巻き込んで。もちぃと早(はよ)ぉ着けりゃぁえかったんじゃが……まさか、飛行機一機まるまる落とすなんての……おっと」
喋りすぎたというように、男は慌てて口をつぐんだ。顔色を伺うように、女性の方に顔を向ける。
「別に構わん。どうせ、その子ももう当事者だ。今更、知らぬ存ぜぬでは通せないだろう」
女性が片手を上げて、何かの合図のようなことをする。すると、どこに隠れていたのか、小銃を持った兵士のような者たちが、一斉に集まってくる。そのうちの一人が、女性の前へと進み出てきた。
「甲鐘隊長、よろしかったのですか?奴らをあのまま逃がして……」
「構わない。目的のモノはいくつか回収できた。当面、最悪の事態は免れる。それより、まだ生存している乗客たちがいるかもしれない。我々がここにいては、救助活動もできないだろう。ここはまだマシだが、機体の近くはいつ燃料に引火するか分からないしな」
そう言うと、女性は朝陽の方に顔を向けた。切れ長の大きな瞳が、朝陽を観察するように、頭の先からつま先までなぞるように動いた。
「え、えっと……?」
「コウガネちゃん、そがぁなびせぇ顔すなって」
甲鐘と呼ばれた女性は、一瞬ムッとした顔で男を見たが、すぐに視線を戻す。
「キミ……名前は?」
「あ、朝陽です。十条朝陽」
「甲鐘彩夏だ。……さっき聞いたかもしれんが」
どこか不服そうに顔をしかめたのは、先ほどのやり取りを思い出したからだろう。彼女としても、あの場を収める方法があれしか無かった事に、少なからず憤っているのだ。
「あ、わしは鮫島宗治(さめじま そうじ)な。これからよろしゅう、アサヒちゃん」
男が背中越しに、付け加えるように口にする。朝陽はそれに応じようとするが、不意にその言葉に違和感を覚え、首を傾げていた。
「これから……?」
現場に立ち会った者として、事情徴収くらいは覚悟していたが、今の言い方だとまるで、これから行動をともにしていくような口ぶりのように聞こえた。そもそも、朝陽は彼らが何者なのかすらも把握していないのだ。成り行きから味方のようなものと思っていたが、その目的も何も知らない。
「おう。……ん?コウガネちゃんから聞いてないんか?」
「いえ……っていうか、あなたたちは警察とか、自衛隊とか……そういうのじゃ、ないんですか?私、さっきから話についていけてないんですけど」
説明を求めるように甲鐘の方を見ると、彼女は困ったように頬をかいた。
「私から聞かせるも何も……まあいい、私の口から話そう。私たちは、未確認吸血生命体対策機構という組織の者だ。通称、Institution of Counter Sanguivorous Anonymity……」
「ああー、縮めてICSA(イクサ)な」
長ったらしい名前を飲み込むのに苦労している朝陽に向かって、鮫島が苦笑しながら補足する。
「言わずとも分かるだろうが、私たちの仕事はさっきみたいな連中を始末することだ。いわゆるヴァンパイア・ハンターってところか」
「……それで、何で私を……?そもそも、あなたたちは今回のことを……」
何を最初に尋ねればいいのか分からず、口から質問があふれ出そうになる。それを遮るように、甲鐘は片手を上げた。
「一度に答えられる質問でもない。後は道中話そう」
「え……?道中って……」
「これから、キミのことを保護させてもらう。とにかく、私たちと一緒に来てもらいたい」
朝陽はそれを聞き、思わず身構える。いくら助けられたとはいえ、得体のしれない組織に訳も分からず連れて行かれるなど、誘拐と何ら変わりないだろう。
「……そんな顔をするな。さっきも言ったが、キミはもう関係者だ。一般人じゃない」
甲鐘はため息がちに口にする。腕組みをしながら、彼女は困ったように顔をしかめていた。
「関係者……いや、そんな程度の話ではないか。これからは、キミを中心に話が進むだろう」
「さっきから……もっと分かるように説明を……」
その時不意に、朝陽は近くにあった瓦礫の残骸に、ガラス片が転がっているのに気づいた。恐らく、空港内にあった店の窓ガラスか何かの破片だろう。朝陽は何気なく、そういえば自分の額の傷はどんな具合だろうかと、傷が残ってしまったら嫌だなぁと思いながら、おそるおそるガラスに顔を映した。
「……え?」
そこに映る自分の顔に、彼女はとてつもない違和感を覚える。傷が、どこにもないのだ。確かに、顔は汚れだらけで、髪もボサボサになってしまっているのに、傷だけはどこにも無いのだ。自分の思い過ごしだろうか、と考えるも、自分の右手の先に付いた血の痕が、それが事実であることを告げている。そういえば、右脚の負傷も、なぜかすっかり消えてしまっている。思い当たる節と言えば、女性の『おまじない』くらいしかない。
自分の身体に何が起こっているのか、一抹の不安の中で、彼女はガラスの中の自分を見つめる。ガラスの中から見つめ返してくる視線に、彼女は悪寒を感じた。
まるで、それが自分の目ではないような、他人に見られているかのような、そんな感じがしたのだ。そう、ちょうどガラスの中に知らない誰かがいるような――
「……気づいたか」
甲鐘が発した声に、朝陽は顔を上げる。
「あの……甲鐘さん、私の身体は……」
自分でも驚くほど乾いた声で、朝陽は尋ねた。
「私の『目』は、どうなってるんですか?」
甲鐘の方に向けた朝陽の瞳は、深い藍色の光を帯びている。まるで、先ほど殺された女性のように――
「隠す事でもない、はっきり言おう。それはキミの目じゃない」
複雑そうな表情で、彼女は言った。
「『女王』の、魔眼だ」
第一章 邂逅―Happening― 〈了〉
次回予告
突如与えられた女王の力に、困惑する私。
そんな私を手に入れるため、イケメンヴァンパイアたちによる争奪戦が始まる。
あぁ、やめて!私のために争わないで!
そして、訪れる恋の予感。
種族を超えた禁断の恋、それはまさに、敵対する血族が故に結ばれないロミオとジュリエットのよう……
あぁ、でも私にはお兄ちゃんがいるというのに……
次回、第二章 巨乳―Oppai―
見てくれないと、許さないんだからね!
「……って書いてある日記帳が、お兄ちゃんの部屋から出てきたんだけど」
「身に覚えがない」